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クリエイターズ・ファイル

アトリエ内の現像室の様子。仕事の写真は、現在はほぼ100%デジタルだそうですが、「JAPANGRAPH」の写真ではフィルムカメラも使います。
アトリエ内の現像室の様子。仕事の写真は、現在はほぼ100%デジタルだそうですが、「JAPANGRAPH」の写真ではフィルムカメラも使います。

山城地域 宇治市

森善之もり よしゆき

宇治市に在住のカメラマン、森善之さん。生まれは神戸ですが、幼少期からの宇治育ち。「小さい頃の記憶は、旧いコミュニティの家しかないんですよ」と旧道沿いのご実家の様子を語ります。
しかし、そんな周囲の風景もどんどん変わっていくことになります。森さんが10歳くらいの頃、宇治に新興住宅地ができはじめ、宇治の人口は約2万人から20万へと一気に膨らんだ時期に、少年時代を過ごしました。
ものすごい数の転校生とともに、小学校が徐々に分かれていったこと。近くを通る人なら誰でもわかるような状況から、気がつけば知らない人が通るようになったこと。楽しい遊び場だった茶畑や竹藪、雑木林が、徐々に宅地に変わっていったこと。こうした、子どもにはどうしようもない環境の変化に理不尽さを覚え、しばらくは「中途半端に街でも田舎でもない宇治」が、あまり好きではなかったんだとか。
とはいうものの、「振り返ってみればいつも宇治川をみていたのが、記憶に残っているなぁ」と、変わりゆくなかで暮らした宇治を振り返ってくださいました。

森義之さん

中学を出てからは、おじさんの薦めで大阪の写真の専門学校へ。本格的に写真にのめり込んだのは、卒業制作に取り組んだ時でした。
専門学校の先生の、「船で行ける外国あるって、知ってるか?」という言葉がきっかけとなり、制作のために2週間釜山に滞在します。初めて訪れた異国の地で、「ただ写真を撮る」だけに目を向ける時間を過ごしました。この経験を通じて、「体験したことを、時が過ぎてから見なおせる」という写真の魅力に気付き、本格的に写真の道へと進みました。以降、宇治に住所を残しながらも、都市を飛び回り、ほとんどは宇治に居ない時期を過ごします。
しかし、30歳を前に地元の宇治で奥様とご結婚。その頃から、宇治の自然環境をあらためて捉えなおすことになります。当時の奥様のご実家は兼業農家で、ニワトリを絞め、薪でお風呂を沸かす、昔ながらの暮らしが残っており、義理のお父さんが作った作物を子どもたちに食べさせることができる豊かさに、改めて気付かされたそうです。

森さんの自宅併設のアトリエ。

そんな宇治での暮らしの再発見と並行して、写真家として一本立ちした森さんは、東京にオフィス「七雲」を立ち上げます。専門学校の講師時代の生徒さんなど、気心の知れた仲間たちと運営していくなか、やがてこの拠点で、雑誌「JAPANGRAPH(ジャパングラフ)」の発行をスタート。森さんの「宇治・東京・日本各地」を往復する生活が始まりました。
「JAPANGRAPH」は、47都道府県を取材することを目標に、2021年3月現在、9号目を数えます。
90年代後半から2000年代にかけて、カメラマンとして、広告などの制作に携わっていくなかで「東京で情報が発信され、地方は受け取る」「でも実際に生産している産業は、日本の各地にある」という、当時の情報流通のかたちに疑問を持った森さん。「もっとその地域から、暮らしぶりそのものを発信できるのでは」と考えたのが、発行のきっかけだったそうです。それ以来、地域の風土や祭り、土地ごとの独特の暮らしぶりに光をあてています。

「JAPANGRAPH」の紙面。美しい写真と、丹念に練られた言葉で土地が紹介されている。

じっくりと時間をかけた取材の様子が伺える贅沢な紙面は、プロのカメラマンによる踏み込んだ写真と文章で、その空気を感じさせてくれる充実した内容ですが、売上は「プラマイゼロになればいいかな」という、手弁当で発行されている雑誌です。取材を依頼するのも、「七雲」時代の写真仲間を中心に、「ライフワークとして楽しんでくれる人」。森さん自身も取材や執筆はもちろんのこと、できるかぎり取材にも同行し、編集も手掛けます。
今やインターネットの普及とともに、様々な土地の情報にもアクセスしやすくなりましたが、森さんは「本」という媒体に愛着と可能性を感じています。「本は『転がって』いく。書店で販売され、古本になったり、輸出され海外に渡ったり、偶然に全く別の土地で出会ったりもする。インターネットもいいけど、本とはだいぶ性格が違うと感じるね」。

森さんがかつて、写真仲間とともに編集・発行していた写真紙『MOTIVE』。

2014年には、シェアオフィス「七雲」を後進に任せ、「books & folkart ナナクモ」を開店。馴染み深い宇治に拠点を移します。「写真だけじゃない、いくつかの入り口を持っておこうかなと思って」と語るように、宇治橋通り商店街を一本横に入った住宅街の、旧家の面影を残す日本家屋で、「JAPANGRAPH」のほか出版書籍や、紙面で取りあげられた日本各地の民芸品や工芸品、美術品を取り扱ってきました。
「ナナクモ」で取り扱うものは、特別に名のある作家の品というよりは、訪れた土地の一般家庭で編まれていたカゴや、偶然に知り合った方の作品などが中心です。森さん自身の目利きで、作り手それぞれと直接ご相談し、独自のルートで仕入れています。ここにも、その土地に自らの足と視点で出会っていこうとする、森さんの一貫した態度が通じています。

「ナナクモ」店舗があった宇治橋通り商店街周辺。住宅地と昔ながらの家屋がリノベーションした家々が隣り合っている。

新型コロナウイルスの影響もあり、「ナナクモ」の店舗営業は残念ながら終了。現在は、オンラインストアに移行しています。しかし、お店を手放すときにたまたま出会った滋賀県・朽木の家で、自給的な暮らしができる新たな拠点を準備中だそうです。宇治と往復しながら、少しずつ整備を進めています。
「源流釣りが好きで、ずっと朽木に場所がないかなと捜してたんだよね」と、朽木の様子を楽しげに語ってくださいました。「朽木のおじいさんは元気。基本的に、なんでも自分でやるんですよ」。
そんな姿を身近に感じる森さんは、「自分もそうだったけど、若い人に「農業しろ」って言ってもムリじゃないかな。だから、ある程度の年代で裏に回って、下支えするような生き方ができないか」と思ったのだとか。
こうしたインディペンデントの活動を続けながらも、森さんには現在も、大学や企業等の広報媒体、美術館やポートレイト等、撮影の依頼が絶えません。

森さんがほとんどの撮影を手掛けた、国立工芸館(東京国立近代美術館工芸館)『工の芸術 ー 素材・わざ・風土』の図録。

宇治と都市、宇治と日本各地のくらしを往復しながら活動する森さんは、京都の不思議さについて、こう語ってくださいました。
「京都は、様々な国や地域を吸収した文化が、まるでオリジナルなものであるかのように扱われている。日本の中でも、すごく特別な土地。『京都』をわかろうとすると、他の地域のことを充分に知らないと、その不思議さはわからないな、と感じます。僕もまだまだ、全然わかりません」。
変わりゆく宇治、京都、日本の土地と人。その内外を旅しながら見つめてきた森さん。様々な土地をめぐりながら、探求の旅はまだまだ続きそうです。

取材日:2021年3月8日
取材・文責:谷竜一 京都府地域アートマネージャー(山城地域担当)

森善之

森善之

写真家、1960年神戸市に生まれる。2009年から日本各地の暮らしを取り上げる冊子「ジャパングラフ」を発刊。一年に一県を丸ごと特集して出版している。個人の作品集には「うた」、「水のすみか」、「面影の伽耶」がある。2014年に京都府宇治市にジャパングラフのコンセプトショップ・ナナクモを開設し、活動の拠点としている。 京都府宇治市在住。

https://nanakumo.jp/
http://japangraph.net/

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